麻の妙に優しい口調に、希恵の胸が強く波打った。
麻はキッチンへ向かい、結局手を付けなかったアイスを冷凍庫に戻した。
そのまま、リビングのドアに向かいドアを開けて希恵の方に振り向いた。
「……おい。希恵? 行かないの?」
ソファに座って、俯いたままの希恵に麻が声を掛けた。
「っうん、行くけど……アイス」
希恵は未だに、自分の身に起きている事全てを理解出来ず、残っているアイスのせいにして頭で必死に理解しようとした。
「は? いいじゃん、んなの。テーブルに置いとけば? 後、電気消してきて」
そういうと、麻は先にリビングを出て行ってしまった。
「……うん、分かった」
希恵はゆっくりと立ち上がり、手に持っていたアイスを躊躇いがちにテーブルに置くと、ドアの横にある電気を消そうと歩き出した。
スイッチを押すと、弾くような音を立ててリビングの明かりが一瞬にして消えた。
希恵がリビングを出て廊下を歩き始めた時、2階に上がろうと階段に足を掛けた麻が何かを思い出して言った。
「あっ、希恵。エアコンも」
そこまでしっかりしているというのに、何故残したアイスの心配はしないのだろうか。
「あっ、うんっ」
駆け足でリビングに戻りながら、希恵はやっと今の状況を理解した。
それからは、期待に胸を膨らませ何度も、嘘、嘘、とうわ言の様に繰り返した。
リビングの前に着くとドアを開け、上半身だけをリビングに入り込ませた。
電気をもう一度点け、電気と同様ドアの横にあるエアコンの電源を消し、再び電気を消すとリビングを後にした。
――置き去りになったアイス。暗闇に姿が静かに溶けた。
先程とは別人のように、希恵はしっかりとした足取りで麻が待っている階段に向かった。
ふと、麻の顔を窺うと苛立っている様だったが、麻が自分を見ているという事にまた一つ、希恵の胸が波打った。
「早く」
急かす麻。焦る希恵。
やっとの事で、希恵は麻の居る階段下に辿り着いた。
顔を紅潮させ、俯いてしまった希恵の腕を麻が引っ張り、階段を昇り始めた。
2階に着くと、希恵を連れた麻が何か考え事をしているようで、どちらの部屋に向かう訳でも無く、昇りきった所にあるフロアで立ち止まってしまった。
「……なあ、希恵。どっちの部屋がいい? 俺の部屋?」
余裕の麻。一杯一杯の希恵。
女が来るたびに微かに変わる麻の部屋の匂いが、希恵は堪らなく嫌だった。
「……やだ。あたしの部屋がいい」
「何で?」
「……何でも」
「どうしても?」
「うん」
顔を顰め、頑なな希恵を見て麻が微笑して言った。
麻は、希恵が自分の部屋が嫌な理由を知っていた。
前に、希恵が言っていたのだ。
『お兄ちゃんの部屋、いつも女の人の匂いがして嫌』
判っていて、希恵に訊いた。
「おっけ、んじゃ行こ」
――残したアイスが静かに溶けた。
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